介護

早期退職してから、15年以上経った。近頃の私はとても気楽でのんきに日々を送っている。家事も全くいい加減だ。料理をしても2人分では必ず残る。先日も最小限の煮物をするつもりで臨んだのに、ジャガイモは1個だけしか使わなかったのに、あれもこれも入れるとおいしいかなと思って入れたらついつい鍋いっぱいになってしまった。(^^;)
 夫は胃を全摘してまだ半年経っていないが、最近は随分食べられるようになったと私は思っている。しかし、おいしいものを食べるという楽しみは生活の中にあまりないこの頃だ。しかも、夫は好き嫌いがはげしい。なんと、大学生になって歓迎コンパで初めて刺身を食べたのだから。魚嫌いだった姑は、何でも牛肉だった。長男のお嫁さんが「えっ!チキンカレーも牛肉ですか?」と驚いたことがあった。そう言えば、結婚したての頃、姑が「肉がない」と言ったので、「鶏肉がありますよ」と言ったら、「あれは、かしわ」と言われたのも印象に残っている。
 社宅暮らしの姑と百姓育ちの私とは何もかも違った。結婚当初、釜についた米粒を拾っていた私に、舅から「そんなびんぼうくさいことをするな」と言われた。

 最近思う。私の結婚生活は本当に大変だったかも知れない。今思うといろいろとある。舅は17年間寝たきりだった。週末に私の仕事が休みになると、隣に住んでいた儀姉は姑と一緒に買い物に出かけた。「婆ちゃんは毎日じいちゃんの介護で大変やからな」と言っていた。その時は私が舅の世話をしたのだが、何よりも嫌だったのは溲瓶で舅の尿をとることだった。今思うと、部屋の隣にトイレがあるのだから、立つことができた舅をトイレに連れて行くことは十分に可能だったと思う。
 済んだ遠い話ではあるが、儀姉は姑と買い物に出かけても、代わりに舅の介護をしてくれたことは一度もなかった。今思うといろいろと思い当たることもあるが、夫が「母の老後は自分が面倒を見る」と儀姉に言ったというので私はもう何も言わなかった。早期退職して実際に姑の老後を見たのは私だったが。でもその時は今日を生きるのに一生懸命で、何も考えが及ばなかった。
 姑が介護を必要とするようになったとき、儀姉はピタリと来なくなった。
 
 気がつくと、自分が介護される歳になっていた。
 

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この記事へのコメント

キャベツ
2020年02月22日 21:18
一口に介護といいますが本当に大変です。ご苦労様でした。
私の介護体験は父母は早くなくなったし、祖母の介護を昔は施設がないし自宅で看るのが当たり前の時代だったので今考えれば十分なことはしてやれなかったと思う。早く結婚して子供をおんぶしながらのおむつ交換は大変だったけど若かったからできたのかなと思う。
78歳でなくなった祖母を私は1人で介護しました。
私も76歳。あと何年生きられるかしら。
主人は80歳でアッという間に逝ってしまいました。
私は動けなくなったら息子が独身だし娘は自分のことで精いっぱい。
どこか施設へ行けたらと思う毎日です。
はな
2020年02月23日 20:55
キャベツさん いらっしゃいませ。
今になっていろいろと思いますが、本当に若いときは一生懸命で何も考えませんでした(^^;)
仕事と子育てと介護と、全て過ぎたことですが、今頃ようやくいろいろと考えます。
考えてみれば、家事はひたすら手抜きでした。

子供達はみんな他県で生活をしているので、今後のことに不安もあります。
でも、”なるようになる”のでしょうね。
今年の夏や正月も”それなり”でした。私はあまり頑張らずにお嫁さんが頑張ってくれました。
みんなが帰宅した後、台所のザルがピカピカになっていました。(^_^)