わらべ唄から

わらべ唄による子育ては、子供をその気にさせることです。力づくで叱って大人の思い通りにさせるのではなくて、子供の心を自由に泳がせ受け止めて、生活や遊びの中から大切なことを引き出していくことです。首が座るか座らないかの時期から、わらべ唄による子育てが始まります。一人で自立できる人間に育てるために、実に見事にカリキュラムが組まれているのです。

基本はきちんと目を見つめてすることです。産まれてすぐにするのは「うんこ語り」です。しっかりと目を見つめて、「うんこ、うんこ」と語りかけます。声は高めでラ程度が良いそうです。私達の所では「おこん、おこん」と言います。 すると、赤ちゃんは「うっくん うっくん」と反応を始めます。

目が見えるようになったら、耳元で「てんこ てんこ てんこ」とでんでん太鼓を回すように手のひらを回転させます。飽きるほどにそれを繰り返すと赤ちゃんはまだ手が上がらないまま、下で手を動かすそうです。成長の一つの要素として真似をすることを学習するのだそうです。

「かんぶ かんぶ かんぶ」というのは、首を横に振る動作で、首が据わってから始めるようです。これは後に嫌々という意思表示につながっていくそうです。そのための段階もいろいろ適切な方法があるのですが、いつ聞いてもすばらしい。

昔、中国から船に乗って日本にやってきた人たちは、皇帝から「不老不死の薬をとってこい」と言われたそうです。その人達がたどり着いたのが遠野地方で、彼等はそこの早池峰山で修行を積んだのですが、不老不死の薬は手に入らないことを悟りました。そこで彼等は、自分達の生き方を次の世代に代々受け継がれるようにすることを選んだのです。肉体は消えても、その精神は脈々と受け継がれるからと。
だから、遠野地方のお年寄りは伝えたはやしことばやあそび唄を変えるときはとても厳しく叱ったといいます。正確にきちんと受け継がれることが大切だからと。
現在各地方に残っているものの多くは、ちょっと変形しているものもたくさんあります。
遠野ではひとつひとつのわらべ唄には深い意味があるのだから、安易に変えたら意味がなくなってしまう、と言うわけです。

1歳までに教えることのひとつに「あいさつ」があります。子供連れで人に会ったときには、まず子供にあいさつをさせてから大人もあいさつをする。赤ちゃんの時から、そのパターンを繰り返すのだそうです。もちろん子供連れの人と会ったときも子供にあいさつをしてから大人にあいさつをする。子供の名前を知っているときには、しっかりと名前を呼んであいさつをすることや、年齢を尋ねることなども、子育てのルールなのだそうです。地域の教育力が落ちた今の時代、考えさせられます。

以上、わらべ唄サークルの一部分でした。また、ときどき書いていきます。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

ナイス ナイス

この記事へのコメント

2012年07月03日 23:04
はなさん

わらべ唄、とても興味深く読ませていただきました。
日本には、こんな素敵な子育てのわらべ唄が
あったのですね。
1歳までにあいさつを教えるというのはほんとに
大事なことですね。
今の人は自分からあいさつをする人が少ないように
思えます。
これはやはり大人の責任でしょうか。
散歩してるとき、特に感じます・・・
2012年07月04日 15:28
kyabetuさん
昔、文字の読み書きができなかった庶民は、自分たちの知恵をこうして語り継いできたのだと言います。
とても奥が深いです。
「遊び唄」は体を育て身軽に動けるように、社会人として人と共に生きていけるように育てる唄、
「呼びかけの唄」はも5感を育て心の豊かさをはぐくむ唄、
「はやし唄」はも躾や礼儀作法を教え、人に負けない知恵を育てる唄なのだそうです。
この3つが混ざり合い、子供を励まし喜ばせながら、子供の暮らしを支えてきたのだそうです。
その他にも、遠野地方に伝わる昔話なども組み込まれています。
大人が聞いても、生き方を考えさせられます。

この記事へのトラックバック