わらべ唄

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わらべ唄には人を育てるという目的がありますが、それにはただ遊んでいればいいのです。昼はわらべ唄で遊び、夜はお話を聞かせる。その目的など何も教えなくて良いのです。ついつい教えたがりやの大人ですけれど、無心に、ただ楽しく遊んでいればいいのです。
たとえば、鬼遊び。円の真ん中に鬼が座り目をつぶっている間に、周りで歌いながら鈴を回す。歌の最後に鈴が止まったところの人を鬼が当てます。その遊びの中で得る物があるのですけれど、そんなことは何も説明しなくてもいいと言うことです。鬼になった人は、いわゆる被災者なのだそうです。早くみんなの輪の中に戻りたいという思いを必ず体験します。それが復興への力になるということです。また、この遊びは耳を澄ませで五感を育てるとも言いますが、そんな目的は何も伝えなくても遊んでいるだけで良いのだそうです。昔話もただ語り続けるだけで良いそうです。いつか、その訳を求めたときに伝えるのだそうです。これって、ついつい教えてしまいたい大人にとっては奥が深いです。
善し悪しを自分で判断し、目的を持って自分で生きる力を育てるのがわらべ唄だと言うことです。事実、私も鬼になったら当てられるかどうか、当てられなかったらどうしようと言う不安を感じていました。
先月は体調の悪かった私に、彼女は「餓死の話」をしてくれました。これも民衆の生きるための力を語り伝えてきたことでした。私は、この話で快復しました。

それから自分の生きている存在をきちんと受け止めること。雑草という名の植物はないと言いますけれど、全ての人がかけがえのない存在だと言うこと。
おとなは否定や拒否の言葉をどうしても使いがちですが、それはまず相手を受け容れてから。たとえば、手頃な座卓があると、子ども登りたがります。その時に最初に言う言葉は、「だめ!」ではダメです。「そう、あなたはここにのぼりたかったのね」と言ってから、テーブルは食事をしたり字を書いたりするところだと説明するわけです。対話が命令にならないように心がけること。
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今回は半分以上が初めて参加の方だったのですが、皆さん口々に「とても穏やかで心安らかな気分になれた」と言われていました。

このわらべ唄サークル活動を取材したいとビデオカメラを持ってやってきた40歳前後の男性は、「これはお金を取っても価値がありますよ」と言っていました。彼女は私の友人で、交通費だけ、カンパで集めて渡している状況です。本当に、素敵な友人に恵まれていることに感謝ですね。

帰りには、こちらの「甘エビの昆布〆」をおみやげに渡しました。

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この記事へのコメント

2011年06月27日 22:25
そうなんですよね。大人は理屈を優先してそれですべてを語り尽くしたいのかもしれません。
それにしても遊びの中で学ぶことが多いということは昔の人の知恵って凄いんだなと改めて感じます。そうした子ども達で遊ぶことで社会生活の練習にもなっているんでしょうね。
2011年06月28日 09:46
1000年も前から語り継がれてきたという、岩手県遠野地方に伝わる庶民の生きるための知恵には、感動します。
参加された中学教師が、「つんぶん」の遊び唄が楽しいけれど、その一節に「カラスというバカ鳥が」というフレーズがあることにこだわりました。
すると、友人は、「バカと言う言葉の響きではなくて、その意味をどのようにとらえるかが大切です」と言いました。この話の場合はお嫁さんがつぶの旦那さんをカラスにつつかれてしまったと言う想いがあるのです。
最近の教育現場では、「さるかに合戦」の劇すら、仇討ちややっつけるなどがテーマだと避けるほどですが、嫌なことに目を背けずに見つめることも大切な教育ではないかなあと思います。
生きる力を育てるとは、そんなことかなあとふと思いました。
遊びの中でいろいろな思いを体験したり、五感を磨いたり、体力をつけたりしていくようになっているのは凄いです。

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