認知症
それは、姑の介護のために早期退職した最初の歳でした。ある日、姑が要介護4と認定されたとき,私は目の前が真っ暗になりました。(長い間,働いてきてやっと退職したのに)1ヶ月外出もせず、姑の世話をしていました(もう自分の時間を持てない)。初めてのことでたった一人で次々と動きました。介護ベッドをレンタルするのにどこが良いか、姑が使っていたキングサイズのベッドをどのように処理するか,役所への手続きなど。虎ちゃんや義姉には「はなちゃんが退職してくれたからちょうど良かったなあ」と一任されて相談もできず・・・。
味噌が尽き、醤油が尽き、虎ちゃんも仕事帰りに買い物をしてくれました。そして私は介護ブログを立ち上げました。 どこかで何かを語らないと、と思ったのでした。当時は,毎日姑の変化などを記録していました。
当時、姑は内科の医院に通院していました。虎ちゃんの飲み友達に内科の医師が居て、兄姉で病院を経営していました。お兄さんは認知症では名を馳せる精神科の医師でした。そこで、紹介状を書いていただき転院をしました。今までの内科の医師は「この人の場合は内科の問題が大きいですよ」と言われました。でもケアマネさんは「転院されたのは良かったです。あの先生は専門家ですから」と喜んでくださいました。
転院して2ヶ月間かかって、姑は認知症の検査をしました。一度にやると疲れるのでいろいろな検査を少しずつやりました。もちろん,脳波や脳のレントゲンなどもありました。
印象に残っているのは、西郷隆盛や美空ひばり、渥美清や聖徳太子などの画像を見せて「これは誰ですか?」と質問されたときに,姑はすべて「知りません」と応えていました。ところが、別の時に同じ写真を見せて、「美空ひばりはどれ?」「渥美清はどれ?」と言われると全部正解なのです。ううむ、私も最近,名前が出てこなくなったなあとそれを見ながら密かにうなっていました^^;
すべての検査が終わって、医師から説明がありました。姑の現在認識は83%ですと。85%以上あれば正常なのだそうです。つまり,姑は現在対面で話している瞬間はほぼ正常だと言うことでした。しかし、5分前になると50%以下に落ち,過去になると沈殿していた記憶は別として,認識の記憶はほとんどないと。脳のレントゲンからの萎縮場所がどこか,どういう症状が出るかなども説明され,私は納得しました。姑は認知症という病気なのだと。
さらに精神科の医師は言われました。
「おそらく,今までの主治医だった内科の医師は、彼女の認知症には気づいていなかったでしょう」まったくそのとおりでした。
姑は「認知症」という病気でした。私は病気の姑を責める言葉を持ちませんでした。ケアマネさんがいつもいわれることに「物を盗られたといいませんか?」という言葉がありますが,私はそれを一度も聞いたことがありません。家族の御縁なので、私の老いた両親が弟夫婦の世話になっているのだから,せめて私は姑の世話をしなくてはと思いました。
あれから9年経ちました。産まれた子供なら十分に手が離れている歳なのでしょうが,介護にはそれがありません。でも,お陰様で,私はいろいろな出会いの元に介護からもかなり手が離れてきました。特にこの1.2年は、マーゴちゃん達に急接近し、自分自身のいろいろな活動参加も許されるようになりました。
今を肯定して、自分自身の人生だと受け止めることが私の信条ですが、最近はそれで良かったかなあと思っています。
味噌が尽き、醤油が尽き、虎ちゃんも仕事帰りに買い物をしてくれました。そして私は介護ブログを立ち上げました。 どこかで何かを語らないと、と思ったのでした。当時は,毎日姑の変化などを記録していました。
当時、姑は内科の医院に通院していました。虎ちゃんの飲み友達に内科の医師が居て、兄姉で病院を経営していました。お兄さんは認知症では名を馳せる精神科の医師でした。そこで、紹介状を書いていただき転院をしました。今までの内科の医師は「この人の場合は内科の問題が大きいですよ」と言われました。でもケアマネさんは「転院されたのは良かったです。あの先生は専門家ですから」と喜んでくださいました。
転院して2ヶ月間かかって、姑は認知症の検査をしました。一度にやると疲れるのでいろいろな検査を少しずつやりました。もちろん,脳波や脳のレントゲンなどもありました。
印象に残っているのは、西郷隆盛や美空ひばり、渥美清や聖徳太子などの画像を見せて「これは誰ですか?」と質問されたときに,姑はすべて「知りません」と応えていました。ところが、別の時に同じ写真を見せて、「美空ひばりはどれ?」「渥美清はどれ?」と言われると全部正解なのです。ううむ、私も最近,名前が出てこなくなったなあとそれを見ながら密かにうなっていました^^;
すべての検査が終わって、医師から説明がありました。姑の現在認識は83%ですと。85%以上あれば正常なのだそうです。つまり,姑は現在対面で話している瞬間はほぼ正常だと言うことでした。しかし、5分前になると50%以下に落ち,過去になると沈殿していた記憶は別として,認識の記憶はほとんどないと。脳のレントゲンからの萎縮場所がどこか,どういう症状が出るかなども説明され,私は納得しました。姑は認知症という病気なのだと。
さらに精神科の医師は言われました。
「おそらく,今までの主治医だった内科の医師は、彼女の認知症には気づいていなかったでしょう」まったくそのとおりでした。
姑は「認知症」という病気でした。私は病気の姑を責める言葉を持ちませんでした。ケアマネさんがいつもいわれることに「物を盗られたといいませんか?」という言葉がありますが,私はそれを一度も聞いたことがありません。家族の御縁なので、私の老いた両親が弟夫婦の世話になっているのだから,せめて私は姑の世話をしなくてはと思いました。
あれから9年経ちました。産まれた子供なら十分に手が離れている歳なのでしょうが,介護にはそれがありません。でも,お陰様で,私はいろいろな出会いの元に介護からもかなり手が離れてきました。特にこの1.2年は、マーゴちゃん達に急接近し、自分自身のいろいろな活動参加も許されるようになりました。
今を肯定して、自分自身の人生だと受け止めることが私の信条ですが、最近はそれで良かったかなあと思っています。
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