終活

 毎日、夕食時になるとホッとする。「今日も1日、家族一同無事で過ごせた」と。こんな当たり前のことがどんなに有り難いかと思うのは、歳をとったせいなのか。
 まだ10代の若い頃、私はいろいろと生きかたについて探っていたことがある。そんな時に出会った人がこんなことを言っていた。「これから大変な世の中になります。親が子を殺したり、子が親を殺したりするような時代が来ます。」当時の私には全く信じられない話だった。いくら何でも…と思っていた。ある人からは地球環境が変わります。「春雨じゃ濡れていこう」なんて時代がなくなります。雨が降れば大雨になり、降らなければからからになったりする時代が来ますといわれた。しかし、今思うとその通りかも。毎日毎日、今日が無事であったこととに感謝しなくてはいられない。

 今日も1日過ぎた。今日は、マーゴの「小虎ちゃん」を主人公にした童話を書き終えた。これがどうなるかは分からないけれど、何となく落ち着いた。「惚け防止のために文を書いていたら良いよね。」と言う気分なのだ。マーゴちゃんを題材にした童話は、今までご縁があっていくつか書いた。まだ結果は分からないが、ちびこはなちゃんを主人公にしたのは、以前から暖めていたものだった。これは、主人公が誰でも良く、私の孫の1つの世界だった。書き終えたら、小虎ちゃんのことが頭をよぎった。彼のために何か書かなくてはと言う思いで、急いで書いたもので、自信は全くない。だけど、どうせ私の能力はこんなものだから、無事に書けて、締め切りに間に合ったことを喜んでいる。
 そう言えば、昔、姑が惚け防止のためにノートを1冊くれといった。毎日食べたものを記録するのが惚け防止になるとテレビで言っていたのだと言った。で、私はすぐにノートを1冊用意したが、姑は1文字もノートに書くことはなかった。もともと、彼女には字を書く習慣がなかったのだった。
 最近よく姑のことを思い出す。ようやく3回忌を終えたような気がする。自分の親よりも永く一緒に生活していたが、息子が結婚するまで社宅暮らしだった彼女は、嫁姑のことなど全く知らなかったし配慮も全くなかった。それどころか「私は老後は○子(儀姉)の世話になるの」と口癖のように言っていた。現実は、早期退職した私が姑の全てを見た。舅に関しても同じだった。この件については、これ以上言うまい。姑は基本的には善意の人だったのが救いだ。私は自分の人間の小ささを思わせられて 嫌なのだが、思い出すとひとりで辛い。没、没・・。

「終活」のことを考える。私達二人が一緒に亡くなればすっきりするだろうが、そうとは限らない。コタロもコジロも優しいから、良いように解決してくれるだろう。

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