近頃

 あまり論じたくはないのだけれど,近頃世の中おかしいと思う。政治も経済もおかしくなってきているし,何よりも人間がおかしくなっている。
 異常な事件が毎日毎日・・・。あちこちから、こともなげに切断された遺体が出てきたり,些細なことで殺し合ったり・・・。

 今の子供達に,希望のある世の中を残して行くにはどうしたら良いのだろうか。
 世の中は、これからどのように変わるのだろうか。
 そして、私達には何ができるのだろうか。

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この記事へのコメント

2011年11月13日 22:00
はなさん・・・同感です。

昔は「差別」も多かった・・
文学作品にも「差別語」がたくさんありますよね。
作者が亡くなっているし、あえて訂正しない、という注釈つきで刊行されていますね。

娘がそれを見て
「今の子は、とか、今の時代は、って大人は言うけれど、今の子にはこういう言葉を使う発想がない。昔だって酷いこと、たくさんあったじゃん!」と申します。

確かにこの田舎の学校には「差別」がありません。外国籍の子も多く、また、経済的に大変なお子さんも多いのですが「それを理由に」差別された、という話は聞いたことがありません。

それは「この地域」だからなのか?
「今の子」だからなのか?それはわかりません。

ただ・・もし、この子達が「差別語」というものを「語彙の一環」として知っていたら・・どうなっていたでしょうか?

語彙が貧弱になる、ということは
美しい日本語を崩壊させるのと同時に
汚い日本語も葬るのかもしれない

そんなことを思ったのです。

美しい日本語、長幼の序

それが「異端」になってしまった・・
それは私の青春時代から始まっていました。
増してや娘世代では!!

本当に、どうすればよいのでしょうか・・・
2011年11月14日 19:26
ベラさん
本当にそうですね。
戦前の日本を背中に感じ,目の前には新しい時代が待っている。
その大きな変化の端境期にある私達は、色々なことを考えさせられていると思いますが,考えてみれば,みんなみんな何十年も生きていれば過去と未来の狭間に自分を置いて生き方を探っているのでしょうね。
過去の時代の良かったところも悪かったところも,いろいろとありますね。
確かに,形は四民平等となっても,多くの差別が残っていたように思います。
戦後の民主主義教育は,それらの多くを葬ったかも知れません。
すでに、「嫁」と言う言葉のニュアンスもずいぶん変わってきています。

美しい日本語,
そう言えば,私はときどきいわゆる唱歌を子供達と歌うことがあるのですけれど,「こいのぼり」の♪いらかの波と雲の波♪にある「いらか」や♪ささのはさらさら のきばに揺れる♪の「のきば」なども、知らない子供が多いのだろうと話したことがあります。
これらは都会の集合住宅では、もう考えられない風景ですよね。
端境期でなくとも,時はどんどん流れていきます。

話はあちこちに飛びますが,テレビで、ある工業高校を訪れた番組を作っていました。
伸びやかで,色々なことをどんどん挑戦している姿に、通信などの発達で世の中が狭くなっている今の時代の良さも感じました。

長幼の序,能力主義や競争原理も悪くはないのですが,忘れてはならないものは,折を見て伝えていきたいものですね。

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