共同作業

タレントの○山紀之が父親になったことに関するインタビューが流れていた。
「育児を手伝いますか?」
「ええ、もちろん。共同作業ですから」と彼は答えていた。
私は内心「そうだ!!共同作業だ!!」と思った。

家事育児は女の仕事と戦前育ちの老人は思っているが、今は家庭は二人で築く物なのだ。
共働きの虎次郎はもちろんだが、妻が専業主婦の虎太郎も育児には積極的に協力しているし,料理なども時々やっていることがある。
そんな若い夫婦達をみて,虎ちゃんはいささか反省をしているところもあるらしい。
彼は子供のおむつが離れたのがいつなのかも,全く意識になかった。

企業戦士の団塊の世代は、家庭を顧みずひたすら働き、妻もまたそれをひたすら支えた。
そして、定年となり子供達が独立したとき,妻は思う。
「私は家族のために今まで頑張った。夫の仕事を支えるために,子供を育てるために。今,夫も仕事を終わり,子供も自立したら,私は一人の女として、世の中に十分に責任を果たしたのではないかしら。これからは家族のためにではなくて,自分のために生きたい」と。
それが,一時流行した「黄昏離婚」なるものだった。
夫の退職時に,娘の結婚式に,「では、これからは私は私の人生を歩ませていただきます。」

これは家庭や家族を築き支えるのが二人の共同作業だと意識していない男性の責任だと思う。
働いているから,金を稼いでいるから・・・それは家族にとって大切なことだが,それがすべてではない。
何のために働いているのか,もちろん一生の仕事だから、自分自身の生き甲斐と関わらないのは寂しい。
しかし,それだけではいけない気がする。
各家庭それぞれに似合った関わり方があるのだとは思う。
男性が料理をしたり育児をしたりする具体的な作業をするかしないかにかかわらず,家族の営みに目と心をかける男性であって欲しい。

私には,ある職業人として尊敬する先輩がいた。
彼はとても優秀でいろいろな方面に興味関心を持ち挑戦し,独創的な仕事を展開していた。
定年で退職するときに、彼は困った。
仕事を辞めて毎日家にいることは彼にとっての安らぎではなかったのだ。
彼は,それまでの人生の中で、奥様と過ごす時間を大切にしてはいなかった。
奥様を愛していないわけではなかったのだが,彼にとって家庭より遙かに仕事が魅力的で,いつの間にか彼は妻への感謝の思いを忘れていた。
退職後,彼はある授産施設の園長として働き,彼なりにその力を発揮していた。
1年目,彼は癌であることがわかり,手術をした。
しかし,すでに転移をしていた様子で、彼は今までの激しい生き方を反省していた。
「これからは、自分の生き方を変えていこうと思う。自然の流れの中でゆったりと生きていきたい。」
そんな彼は,癌が転移していると知っていても,やつれながらも仕事を辞められなかった。
「自分が仕事を辞めて家にいたら,鬱になってしまうかも知れないから、最後まで働き続けたい」と。
後半は奥様が車の運転をして送り迎えをしながらも、できるだけ仕事をしていた。
3年目に,彼は他界した。
彼の人生を支えていたのは、仕事そのものだった。
家庭人としての彼を、私は評価しない。
いや、彼は彼なりに幸せだったのかも知れない。
画像
(大垣城)

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この記事へのコメント

翁草
2011年11月08日 22:45
夫婦は車の両輪
片方ががむしゃらに回転してしまうと バランスが取れず
いつの日か車軸からはずれてしまう
互いのためには それぞれ単体になった方が自分らしく居られることもあると思います
2011年11月09日 08:50
長くなりそうです。お許し下さいませ。
実家の父は無類の子ども好きで、母乳以外の(当然か・・・)育児は全部やったそうです。おむつを替え、洗い、ミルクを作って飲ませ、お風呂に入れ・・

基本的には「家事は女の仕事」「女が仕事をする、ということは家族に迷惑をかけずにやるべし」という古い世代の考えは持っていましたが、育児、に関しては「可愛くてたまらないからやりたい」ということだったようです。母が不在の時はおいしい料理も作ってくれました。

一方、夫の実家は病気の次男0歳、ぐずる長男(夫)2歳を義母がひとりでなんとかし、義父は昇進試験の勉強をしていたそうです。義母は箪笥にもたれかかって寝た、と・・

夫と私の「家庭観」がかみ合うわけがない、のはこうした成育歴の影響が大きいと思います。

男は仕事と勉強さえ出来ればいい、という育ち方をしていれば、面倒なこと、からも逃げるようになりますよね。

・・で・・多分、夫の出世だなんだよりも、自分の勉強に熱心な私は、「理解不能な嫁」だと思います。
夫や子どもを立派にすること、に生き甲斐を感じた人にしてみれば、そういうことに殆ど関心がない嫁は大外れだと思います。

娘を出産した頃、「育児をしない男を父とは呼ばない」という広告がはやりました。義父は・・・「おかま!」の一言で斬り捨てました。

この件に関しては、求めるだけ無駄なのだ、と悟るには数年を要しました。割り切って、夫が知らない裏の顔、も持つようになりました。娘は、表面的にはパパと仲良くしていますが、全く心を許しておりません。

字数制限にひっかかりそうなので、途中ですが送信します。
ベラ(続きです)
2011年11月09日 09:07
夫が懸命に働く・・これは満点です。それさえ出来ない人間にならない為には、仕事しか出来ない、と罵られていい、と以前に宣言しています。敗北宣言のふりをした勝利宣言、と私は評価しています。

ベラちゃんに、花車に惨めな思いをさせない為には、それしか出来ない、と言うのですから・・・

その不器用な愛情、は娘にもわかってはいると思います。でも・・・「ただ、もっと小さい時、遊んで欲しかっただけだよ・・」

書き尽くせない葛藤があります、娘にも・・

いずれ定年退職したら・・・きっと犬を飼うでしょうから、犬が怖い私は犬と引き換えに私は実家に帰るつもりです。女手がないからちょうどよい、か・・しかし、離婚するつもりは、多分、二人ともないと思います。

感謝の言葉ひとつあるかないか・・・それだけで幸福感が違いますよね。心では思っている、のではなく、言葉にすること、だけでも黄昏離婚は減るのではないでしょうか。

そして・・はなさんの「先輩」のお話ですが・・
御奥様が「支えること」が生き甲斐、というお方だったならば、それはそれでお幸せだったと思います。仕事に生きる夫、それを支え、尽くす妻、双方が満足ならば、です。
私は嫌です。
でも、義母は「そこに幸せを見出す人」のような気がします。

長々と失礼致しました。


翁草
2011年11月09日 21:09
はじめましてベラさん・・(ここではいつもお見かけしております)
ベラさんの婚家の考え方は我が家にもとても良く似ています
親の背を見てきた人はそのままの状態が世間の常識でもあるかの如く振る舞って生きてきました
子供たちは父親と遊んだ楽しい思い出はほとんど無いと思いますが
何が幸いするか分かりませんね 兄弟二人とも反面教師なのか
子供達をかわいがり育児も積極的にやっています
父親大好きの孫の姿をみるにつけ この件に関してだけは良い方に進んだと思っています

自分の人生を全否定したくなければ・・
>「そこに幸せを見出す人」
にならざるをえなかったのでは・・と今は無き義母を見ていて思いました
はなさん ごめんなさい 割り込んでしまいました
2011年11月10日 08:45
翁草さん
夫婦は車の両輪ですね。
でも、別々の環境の中で生き成長してきた個々の人間です。
惹かれ合って結婚するとき、その惹かれ合った面以外にも多くの別々の要素を持っているものです。
簡単に理解することはできないでしょう。
「相手を自分に合わせようとせずに,自分を変えて相手に合わせるように」とはよく言われますが,私は,常に相手を理解しようと努力することが愛情ではないかと思います。たとえ理解できなくても,努力する気持ちが欲しいのです。
お互いの歯車がかみ合わなくなったとき・・・、無理に我慢するのは女性の方が多いでしょうね。

私と同じ歳の知人が,まだ30代前半の時に,ご主人やその家族と合わずに悩んでいました。そして彼女の得た結論は,「夫を給料運搬人と見なす」と言うことでした。確かに,専業主婦であった知人にとって、離婚して子供を育てる生活は厳しくなります。彼女はちょっとしたアルバイトをしてそれを自分のために使い,エステやサークル活動などを満喫していました。

新聞の投書欄で,黄昏離婚をした女性が,伸びやかに自分だけの空間で深呼吸をしているような記事を読んでなるほどと思ったこともあります。それもまた,大きな決断ですね。
2011年11月10日 08:47

ベラさん
ベラさんも長いトンネルの中で、人生を模索し続けておられたのですね。
確かに、生育歴の差は大きいですね。私達も,私はド田舎の専業農家に育ち,夫は義父の定年まで社宅暮らしをしていました。義両親とはもとより,隣に住んでいた義姉とも,全く価値観は異なっていました。結婚当初、若い私は,ただ一人ぽつんと異国に来たような気分でした。
私はベラさんが,自分自身のものをきちんと持っておられ,人生は夫のためだけでなく自分自身のためにも生きるという姿勢を保たれていたことがすばらしいと思います。だからこそ、今のベラさんがあるのでしょうね。数々の葛藤も、日々のベラさんのブログから本当にひしひしと伝わってきます。私よりはずっとまじめな方と拝察しています。
生育歴の差に加え,戦前と戦後の教育の狭間におかれた私達の状況はさらに複雑になっていますものね。
私の場合は,どっぷりと自分の育った環境のまま、そこに私を迎えた夫には,なかなか私の思いは伝わりませんでした。ただ、四面楚歌のような中で,一つの救いだったのは,夫が,私を対等の職業婦人として、評価をしていてくれたことです。私は,そんな夫と時には議論をしながら,私の人生観を語り,少しずつ洗脳してきたのかも知れません。
では、いったん,ここで送信します。
2011年11月10日 22:16
ベラさん
定年後が犬とは、待っていた家族としてはちょっと悲しいかもしれませんね。
本当に,一言の感謝の言葉などがあるだけで,全く気分や意欲が変わります。
それは,夫が仕事から離れてからの夫婦関係に大きく響いてくるものだと思います。

先輩も奥様のことを内心はないがしろにしていたわけではなかったのですが,感謝やいたわりの一言を言えなかったことが、だめだったのでしょう。
仕事が早く終わったので,珍しく昼に家に帰ったら,奥様がいやな顔をしたと聞いたことがあります。
彼が最後まで働いていたのにはそれも理由の一つにあったのだと思っています。
そういう意味では先輩は不器用な人でした。
奥様は先輩の良いところをわかってはおられたのでしょうが,二人で楽しい時間を過ごすことができなかったのは残念だったことでしょう。
2011年11月10日 22:27
翁草さん
いつもありがとうございます。

女は,子供がいれば子供のためにといろいろなことを飲み込んでしまいます。
戦前に育った人と戦後に育った人との狭間で,今の世代の女性は,多かれ少なかれよく似た思いをしているのではないかと思われます。
その人生の締めくくり方はその人なりの方法があると思われますが,それで良いのではないのでしょうか。
最後は,やはり、自分らしくありたいものです。
2011年11月11日 09:14
はなさんのコメント欄をお借りして・・・
翁草さま
メッセージをありがとうございます。

自分の人生を否定されたくなければ・・・ああ、その通りだなあ、と思いました。
昔は男尊女卑の世でしたから、女性達は今の女性より賢く「折り合いをつけて生きていた」のでしょうね。

今は学校の名簿も性に関係なく五十音順です。昔は男女別、必ず男子から、ということに娘はたいそう驚いておりました。
時代は変わりつつあるのでしょうか。

はなさん、お邪魔しました。

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